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人間の死後と霊魂観〜医師であり神主として

【 神道における歴史的な霊魂感 】

神道における人間の死後の霊魂観について根本は、

「本居宣長」の霊魂感と、彼を師と仰ぐ「平田篤胤」の考え方だと思います。

しかし、その二人でさえ大きな違いがありました。

これは、時代の違いや文化の違い、また境遇の違いであるとも思います。

死後の世界の入り口

本居宣長は、死後の世界である「黄泉の国」を、古事記を基本として考えていますが、伝記としての古事記は大袈裟な表現や非現実的な表現であることに違和感を覚え、より現実的に考えるため事実に特化した考えに進んだものと思われます。

また、昔より人々を統治することに利用され、国分寺や国分尼寺など国策として広まった「信じるものは救われる」とする仏教に対しても強い反発心があったのでしょう。

それゆえ、「死とは穢れた世界へ行くことであり、ただただ悲しむべき事である」と考えました。

しかし、宣長の考える霊魂観では、死後のことは深く考えず、生きている今をただ一生懸命頑張れば、魂となった後も良くなるだろう、という考えであり、ある意味「性は善であるべき」という性善説に近いという感じがいたします。

それに対して、平田篤胤の霊魂感には、最愛の妻を亡くすという、いわば伊邪那美(いざなみ)を失った伊邪那岐(いざなぎ)のような心情が根底にあると考えます。

最愛の妻の魂の行く先が、汚く悪しき「黄泉の国」とは決して信じたくないと考え、「幽冥」と言う安らかな世界へ行くことこそ、安心につながると考えたのではないでしょうか。

《 私がお伝えしたい霊魂感 》

死後のイメージ

私が、もし愛する人が亡くなったならば、「安らかで美しい神の国」に行って欲しいと考えます。

先代宮司であった父は、私が通学していた札幌医科大学の附属病院に、末期癌で入院しておりましたが、私の卒業式の日に息を引き取りました。

何度も危篤状態と告げられましたが、卒業式まで頑張ってくれたのでしょう。

卒業証書を見た1時間後、父は幽冥へと旅立っていきました。

また、母も同じ年に天に召されました。

私は神主として、人は亡くなった後、神様から分けて頂いていた魂は、神のもとに帰り、家族や愛する人を護る神様として、いつも身近にいらっしゃると考えています。

それはやはり、平田篤胤の考えに近く、幽冥と言うのは大国主神(出雲大社の御祭神)がしっかりとお守りしてくださっている世界であり、生きている時の苦しみや痛み、心身の病魔からも解放された美しい世界であると考えます。

出雲大社のうさぎ

科学が進歩し、今まで見えなかったものが見える様になり、分からなかったことが科学で証明できる様にもなり、不治の病といわれた病気も直す方法が見つかる様になってきた今日では、神様の存在さえ信じない人々が増えてきました。

私は、神主医師という、「命」や「心」と向き合う二つの仕事に約30年の間従事して参りました。

癌と宣告され、辛く苦しみながら息を引き取っていった多くの方々、生まれたばかりの赤ちゃん達の短すぎる命、そして、その家族の深い悲しみに数多く触れてきました。

しかし、目を落とす最後の時、あたかも今までの苦しみからすっかりと解放された様な、安らかなお顔になることがとても多いのです。

現実世界を棄て、ただ信じれば救われるのではなく、私たちの命や幸せは祖先や神様に守られており、日々感じる幸せを世のため人のために尽くすことで、今度は私たちの子孫が幸せに生きられる様になると信じています。

さらには、現世での悪行は、死んだ後に我が身が罰を受けるのではなく、子孫や愛する人を守る力が弱くなってしまうのだと考えてます。

そして、現実に起きている事実は同じでも、その考え方次第で、全く逆の感じ方をすることがあります。

それが、幸せになるための試練と感じる人も、まったくの不幸と感じる人もいます。

青の池

現実世界で、その人の魂を幸せに満ちたものに育てていくことは、子々孫々、幸せで豊かに過ごしていけることにつながるのだろうと考えています。

私たちが生前に行ってきた「努力」「苦労」「善行」は、死後の霊魂になった後にこそ私たちの子孫をしっかりと守り、希望や幸福に導いてくれる「見えない大きな力」に変わるのだと信じております。