注目キーワード

医師と神主の2足のワラジ  〜過去の取材〜

2つの仕事から見える医師としての誇り

前半紹介文: 今回は、北海道小樽市で内科と新生児医療に携わりながら、ご実家の神社を継がれて神主のお仕事もされている本間公祐先生をご紹介します。医療は理論的な分野である一方、神社の業務は宗教的で非科学的、相反しているように見えますが、先生はどのようなお気持ちで二つの業務に向き合われているのでしょうか

後半紹介文:神主の仕事をやる中で見えてくる患者さんの生活の実態。診療室では見れない患者さんの姿を本間先生はどのようなお気持で見ていらっしゃるのでしょうか。小樽で宮司と医師の二足のわらじをはく、本間先生のインタビュー(後編)です。

幼少時代から身近な存在であった医師と宮司

――まず、本間先生の現在のご活動内容を教えてください

 医師としては、2つの内科系病院で入院患者さんの診療や外来、老人施設往診を行います。またレディースクリニックでは、緊急帝王切開、リスク出産の立ち会い、新生児回診、乳児健診を行っています。夜間は急病センターなどで緊急患者さんに対応しています。365日24時間態勢ですね。

 一方で神社では、6代目神主としてお祭りの時期になれば寄付集めにまわり、正月は各ご家庭にお札を配ったり、新年のお参りや厄祓い祈願を個人法人問わず、させていただきます。その他、節分や七五三などの行事や月次のお参りにも対応します。

――先生のスケジュール表を拝見させていただくと、月曜から日曜まで終日スケジュールがびっしり埋まっています。先生は当初は医師業一本でしたが、徐々に神社の業務もお手伝いされ、現在は本格的に医師と神主二つのお仕事に取り組まれています。そのご経緯をお聞かせください。……まず、本間先生が医師を志されたのはいつですか

 小学1年生です。私は小さい頃体が弱く、小学校も休んでばかりでした。それは0歳の時に気管支喘息と急性肺炎を併発した事が影響していて、命も危ない状態でした。その時母が小樽一の名医と言われていた先生に連れて行ってくれ命を救ってもらったのですが、その話を小学1年生の頃、母親に野口英世の伝記を読んでもらっているときに聞かされ、「じゃあ、僕、お医者さんになる」と決意しました。そこが原点です。

――当時神主さんでいらっしゃったお父様やとお母様は、「医者になる」と決意された先生に対し、どのようなご反応でしたか

 私自身に跡継ぎになる気が全くないことを知っていたので、父も母も、「跡を継いでほしい」と言ったことは一度もありませんでした。かといって「医者をやりながら神主も」という二足のわらじ人生も、両親も私も発想がなかったように思います。神社に関しては、「病院が正月休みの時など、たまに手が空いた時に手伝ってもいいかな」という考えで、両親もそれを受け入れてくれていました。

――神主というお仕事内容については、幼少時からご存じだったのですか

 小学校の低学年の頃からいろいろ手伝いをしていたので、大体は理解していました。例えばお正月シーズンは徹夜してお宮でおみくじを折ったり、神社の結婚式ではお稚児さんになってお神酒を継いだり。

医療職は素晴らしい

――先生が徐々に神主を継がれることを意識し始めたのはいつ頃ですか

 私が医大を卒業すると同時に、龍宮神社宮司だった父が死去しました。それを機に意識するようにはなりましたが、当時は既にNICUで、寝ずに働くという日々を送っていましたので真剣に考えられる状況ではありませんでした。

――先生は札幌医大をご卒業されてから、同医大の小児科に入局されて、その後総合病院のNICUで未熟児や低出生体重児を診て来られていたのですよね。その時は、まだまだ医師業一本で精進したいというお気持ちだったのでしょうか

 そうですね。大きい神社であれば話は別ですが、これくらいの神社だと経済的にも厳しく生活するだけでも大変です。医者を続けて、神社は他の人に任せるか、医者を辞めて神社に戻ってくるかという選択しかないと思っていました。ただ、神社の管理を任せられないかといろんな人に声をかけたものの引き受けてくれる人は一向に見つかりませんでした。現実的に、神社を継ぐのは自分しかいなかったんです。

そうした事情もあり医者を辞めましたが、いざ神社に戻ると、意外にも自由な時間が多いんです。それまでは医師業の傍ら神社の用事もこなしていたので睡眠すら取れない日々。その習慣で朝もすごく早く目が覚めるんですが、することがない。愕然としました。

そんな私を救ってくれたのは、私が札幌医大に学生として入ったばかりの頃、激励してくれた医師でした。ある日僕を見て、「うちの病院で働かないか」と声をかけてくださったんです。僕が医師業に多大な時間を割けないという状況を説明すると、「時間がある時だけ来てくれればいい。何かあったら神社に戻っていいよ」と言ってくださり、そのご厚意に甘えることになりました。週一回、ご高齢の入院患者さんだけ診るという形でスタートしました。

先生は仕事面で私のサポートしてくれるだけでなく、僕が両親を亡くしひとり身であることを気遣って、病院の仕事がある日は朝晩とご自宅の食卓に呼んでくれました。公私ともに人生の恩人です。

――では当初は、本格的に二足のわらじでやっていくお考えはなかったのですね

 もちろん。医者も片手間でできるような仕事だと思っていませんし。たまたま今こういう形でやっていますが、これは地域のみなさんが支えてくれて、大目に見てくれているからこそできているわけで、そうでなければ無理でしょう。

――医療現場から離れている期間も、先生の中では、やはり医師に戻りたいというお気持ちがどこかにあったのでしょうか

 はい。やはり医療職は素晴しいと思っていますから。一般的に仕事というのはきつい労働をしたり、多少嫌な思いをして収入を貰うというイメージですが、医療職というのは本当に仕事に誇りを持てる。自分自身も誇りを持って携われるし、患者さんからも信頼していただける。人のために尽くして感謝していただける上に報酬もいただけるという仕事は、他になかなかないと思いますね。

  • *********後半***************

神主として地域住民のご自宅に伺い、生活の実態が見えた

――神主のお仕事の中から、医者の自分にとって「やって良かったな」と実感されることはどのようなことでしょうか

 医師だけしていたら見えない現実が見えたこと。医師だけの日々ではできなかった「患者さんへの心のケア」が身についたことです。

 例えば、お祭りの時期にご近所の方々に頭を下げて寄付集めにまわると、地域の方々の生活の実態が目に飛び込んできます。去年までは寄付してくださったのに、今年は生活が厳しくて辞退させてくれというご家庭もいらっしゃいます。また神棚のお参りに伺うときはご家庭にあがらせていただきますから、どのような生活をなさっているのかも分かります。子供が風邪をひいているのに、お薬代を払えないから病院に行けないというご家庭があることも、病院の中にいるだけでは気がつかなかったでしょう。

――それは、医師が診察室で患者さんと会うだけではわからないことですね。

 実は医師でも患者さんに対し心のケアは必要なんですよね。例えば患者さんに死期が迫っている時、「残された子供たちはどうなるのか。学費や家のローンはどうするのか。食べていけるのだろうか」など、いろんな悩み苦しみを抱えて死んで行かれると思います。そういう思いを和らいであげることもすごく大事。ご遺族の方にも一言声をかけてあげるだけで大きく違うんじゃないかと思うんです。「本当に今までがんばってきましたね。今は安らかですよ」「今度は神様になっていつでもみんなを見守ってくれるんです。常にみんなと一緒にいるんですよ」と。それには、やはり神主の経験が生きてきますね。

医者か神主か、どちらか一方だけをしていたら、それぞれの仕事がここまで素晴らしいとは思えなかったでしょう。ある方から、「医者も神主も尊い仕事ですね」とおっしゃっていただけたことがあり、なんて素敵なことを言ってくださるんだろうと感激しました。

――先生から見て、医師と神主は、仕事をしていく上で共通する点は感じられますか

 最初は医師と神主は全く別モノだと思っていました。医師というのは、論理的にきちんとした検査なりデータなりから正確に読み取り、診断をつけて対処できる療法を選ぶ。そういう科学的な世界ですよね。一方で、神主というのは宗教という世界観にあって非科学的なもの。お祓いをして祈願するということがほとんどです。だから形式としては全く別モノ。

 しかし、困っている人が何らかの助けを求めに来られるという点では、同じわけです。困っている内容が身体の疾患であったり心の病であったり、または生活のことであったり。今後、これからこうなってほしいという思いを抱えて来られるという点では同じですよね。例えば神社の場合、「就職活動でA社とB社に受かったんだけど、どうしたらいいか」というご相談や赤ちゃんのお名前のご相談に見えます。

 単純なようですが、その人たちに対し、一つの人格、人間として見てあげることが医者でも神主でも、責務だと思います。その人にとって何が幸せで、その人が困っていることを何とかして助けてあげようと理解して、尽くしていけるかというところが、同じ部分だと思うんです。

患者さんにとって何が最高の医療かを見極めたい

――先生は今後も、今のスタイルを続けていきたいとお考えですか

 そうですね。医学の流れに乗っていけない自分が出てきたら、もうダメだなと思っていますから、忙しい中でも勉強時間を確保しながら、医師と宮司の両方の仕事を続けていきたいと思っています。

医師として常に、患者さんのために何ができるかということを考えると、やはり最新の医療を知っていないといけません。しかし、最新の医療が必ずしも最高の医療ではないと思っていますので、それが適しているのかどうかは常に検討すべきですが、患者さんのためを思って、その患者さんにとって最高の治療を選ぶのが医者=私の責任だと思っています。

――最後に、本間先生の夢をお聞かせください

 今、私の子供が小学生と中学生なんですが、将来は医者になりたいと言ってくれているんです。今、医者の子供が医者になりたいというケースは少ないので、嬉しいですね。だから、自分の子供たちが医療職に就いてくれて、一緒に働けたらいいなと言うのが夢です。もちろん、そのためには親は手を抜けません。子供は親の背中を見て育つわけですから。子供にかっこいいところを見せられるようがんばって、子供はその背中を見て追い抜こうとさらに努力する。それがいい流れになっていくのではないかと思いますね。

――近い将来が楽しみですね。先生、本日はありがとうございました

龍宮神社  本間公祐